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年金の必要性

生活水準の向上や医学の発達によって、国民の平均寿命は伸びており、多くの人にとって、若い時ほど働けなくなって、充分な収入を得られなくなる時は、やがて必ず訪れます。
老後の生活の憂いなく、生涯を安心して暮らすためには、実際に老後の生活を送ることになる将来の経済社会において、それまでの暮らしと大きく変わらない生活のできる収入が確保されていることが必要です。

私達がこのような収入をきちんと確保できるかどうかについては、次のようなリスク(不確定要因)があります。
(1)多くの人にとって、あらかじめ何歳まで生きるか予測することは極めて難しい。65歳からを老後と考え、平均寿命を80歳と考えると、平均すると約15年の期間となりますが、今日では90歳や100歳まで生きる人も珍しくなく、このような人々にとっては老後は25年から35年にも及ぶ。
(2)成人した20歳の時から考えると、年金を受け取り始める65歳は45年後、平均寿命の80歳を迎えるのは60年後となる。このような長い期間に、賃金や物価の上昇など社会や経済に起こるであろう変動は大きく、また、誰にもあらかじめ見通すことができない。いわば、私達にとって、遠い将来の経済社会は常に不確実なものです。
(3)さらに、人生80年時代となっても、老後を迎える前に、障害により働けなくなり収入を失ったり、死亡して配偶者や子が残されたりするリスクも、皆無ではありません。

このようなリスク(不確定要因)がある中で、老後の生活に必要となる収入の確保を個人のレベルでできるかどうか、老後の所得保障を代表例に考えてみましょう。
この場合、自分で貯蓄して対応するか、自分の子どもからの扶養に頼るか、どちらかになります。

自分で貯蓄して対応すると考えると、
(1)自分の老後生活がどの程度の期間となるか、
(2)実際に老後生活を送ることになる45年から60年後の経済社会がどのように変わるか(例えば、賃金や物価がどれくらいの水準になるか)、
(3)それに備えるためにどれ位貯蓄しなければならないか、

これらのことを、あらかじめ見通し、貯蓄だけで確実に対応することは、通常は無理といっても過言ではありません。
これまでの歴史では、インフレや不況によって、せっかく蓄えた財産が大きく目減りしたり資産価値が下落したりしてしまったこともありました。むしろ、これまでの歴史を数十年の単位で見ると、大きな経済変動が起こることの方が一般的です。

また、これまで科学技術の発展などによって経済は成長し、賃金や、国民の生活水準も向上してきました。今後も生活水準が向上していく中で、貯蓄した財産だけでは、生活水準の更に向上した将来の社会で、生涯、従前の生活と大きく変わらない生活を送ることは、通常難しいのです。

次に、自分の子どもからの扶養に頼ると考えても、
(1)今日、長期継続雇用を前提とした雇用システムに変化が生じ、また年功制を薄めた賃金体系の導入も進む中で、今後、老親を抱える個々の中高年層の側にも、雇用に対する不安定性が増大するものと見込まれます。また、少子化が進行しており、親を扶養する場合の子ども一人当たりの負担も大きくなっています。
(2)扶養してもらうためには子どもと同居することが普通ですが、親と子の扶養関係が変化する中で、いわゆる三世代同居が減少し続けるなど、同居が難しくなっているという現実があります。
(同居できない場合、仕送りで生活を支えるとすると、同居した場合と比べてはるかに大きな費用がかかり、この大きな費用を長い老後の間、仕送りし続けることは難しい。)
(3)また、子どもが病気や事故に遭って収入を失うと、その親も貧困に陥ることになりますし、そもそも子どものいない人は、老後に頼るべきものが何もなくなります。

これらの事を総合すると、年金の必要性が生じてくるのです。
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